肇里blog「愉しみの美学」

あなたの望みを実現する対話と瞑想

「人はどうやって、人を好きになるの?」その30

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2月の稽古、最終日。

 

 

 

先生から個人で稽古をつけてもらう機会がありました。

 

 

 

 

稽古はやっぱり素晴らしいもので、その腕に感謝しました。

 

 

私は先生の仕事をとっても、信頼しています。

 

 

 

 

終わった後、しばらく私はクラクラして座っていました。

 

 

 

 

2人きりになり、

 

 

「もう帰るから」と言われ、

 

 

私も身支度を始めました。

 

 

 

 

「今日は一緒に帰りませんか?」

 

 

と訊くと、

 

 

先生は、前回キツく言ったことを気にしている様子で、

 

 

「先に帰ってくださいね」

 

 

と、丁寧に言いました。

 

 

 

 

 

しかし、私は前回のトゲのある対応が氣になっていました。

 

 

 

 

外で待っていると、出て来た先生はハッとした顔をし、

 

 

 

イライラと、「一体何が言いたいんだ」

 

と言いました。

 

 

 

 

「何か言いたいわけじゃないんですけど・・・」

 

 

と、本当のことを言いましたが、

 

 

 

 

先生は、「じゃあ、なんで帰ってくれないのか、分からない」という様な顔をして、

 

 

 

「お茶を自販機で買っている間に、話してくださいね」

 

 

とギロリと睨みながら言って来ました。

 

 

 

 

 

私は、そんな風に避けられながら、2月の稽古を終えたくありませんでした。

 

 

私は、先生の優しさや、私の想いを信じていました。

 

 

 

 

 

”先生とぶつからないで帰るよりも、ぶつかった方がいい”、

 

そう思いました。

 

 

 

 

 

 

私は言いたいことがあるわけではなかったので、

 

どうしようかと思いました。

 

 

 

 

 

 

先生から、「なんなの?」と急かされて、

 

 

思わず、「そうだ!ボディーランゲージで伝えよう!」と、

 

 

先生の腕を掴もうとしました。

 

 

 

 

すると、

 

 

 

パッと手を払いのけられて、

 

 

 

 

「何するんだ!次にやったら、本当にこうしますよ!」

 

 

と、手刀を喉元に突きつけられました。(笑)

 

 

 

 

 

私が肝の座っていない女だったら、本気で怖がって、2度と近づかない剣幕です(笑)

 

 

 

 

 

感情は上辺でしかないのを知っている私は、

 

 

「おお、怖っ」

 

 

と、冷静に思いつつも、反省はせず(笑)

 

 

 

 

 

先生は

 

 

 

「近くの公園で一服するから、話を聞いてやる」

 

 

と言うので、

 

 

 

決闘ヨロシク、話すことになりました。(笑)

 

 

 

 

 

私はこのまま別れて、先生1人で、私との関係を考えられたら、

 

 

暗い方に考えられてしまうかもしれない、と思っていたので、

 

 

よかった、と思いました。

 

 

 

 

 

 

大事な想いがまっすぐ伝わらないのは、避けたかったのです。

 

 

私は何をされたとしても、先生を信じていました。

 

 

 

 

 

 

2月、真冬の寒空のもと、

 

先生と私は話しました。

 

 

 

 

 

 

その中で、先生の引っかかっていることは、

 

 

 

”ハートがよくわからない”

 

”私には他にいい人がいる、僕はやめておいた方がいい”

 

 

 

ということの様でした。

 

 

 

 

 

 

先生は私に、

 

 

「肇里さんは勘違いしてるよ」

 

 

と、言って来ました。

 

 

 

 

 

しかし、私が先生を想う氣持ちは確かでした。

 

 

 

 

私はなんとか、先生に伝えようと思いました。

 

 

 

その時はすぐに言葉が出てこなくて、

 

 

 

 

好きと言ったけれど、感情的なものではなくて

 

恋のように燃え上がる様なものでもなくて、

 

 

 

うまく言えないけれど、先生がいいと思ったんです、

 

 

 

そんなことを伝えました。

 

 

 

 

 

公園から駅まで歩く道すがら、

 

 

私がこの想いを、「好き」ではなく、なんと言おうか、

 

 

ウンウン唸りながら言葉を探しているのを、先生は興味深そうに聴いていました。

 

 

 

 

この、なんと言ったらいいかわからない想いを、本氣で感じているのが、伝わったんでしょうね。

 

 

 

 

 

改札に着くまでに、結局、言葉は見つかりませんでした。

 

 

 

 

 

改札へ向かう先生に、

 

 

 

「じゃ、また来月ね」

 

と言われ、

 

 

 

私もとりあえず、

 

 

「先生が、いつもいい顔で生きられますよう」

 

と、お祈りだけして別れました。

 

 

 

 

 

その後、部屋に戻り、私は”やり切った想い”で座っていました。

 

 

 

 

前月はハートに届かなかった想いが、

 

少し受け容れてもらえた。

 

 

 

別れ際の空氣から、そう感じました。

 

 

 

 

 

先生の本当の想いは、

 

私に手刀を押し付けるほど、敵対していない、と信じていました。

 

 

 

 

そんな行動が出たのは、

 

 

先生のハートの”ある部分”が開いていなくて、結果的に”怒り”という感情になっているからです。

 

 

 

 

そう、ただ、ハートが開いていないだけなのです。

 

 

 

ハートが開けば、先生も怒らなくて済むのです。

 

 

 

 

 

私とどう在るかは別として、

 

 

先生のハートが開けば、先生の人生はもっと豊かになる、

 

そう思いました。

 

 

 

 

 

私は先生が、

 

本当の想いに氣づきますよう」

 

と思いながら、眠りについたのでした。続く。肇里

 

 

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