肇里blog「愉しみの美学」

あなたの望みを実現する対話と瞑想

「人はどうやって、人を好きになるの?」その5

前編たち♡

 

「人はどうやって、好きになる?」 - 肇里blog☆福寿草

「人はどうやって、人を好きになる?」その2 - 肇里blog☆福寿草

「人はどうやって、人を好きになる?」その3 - 肇里blog☆福寿草

「人はどうやって、人を好きになるの?」その4 - 肇里blog☆福寿草

 

 

その5です。

今回は、修行時代に入っていた私が、どう自分に甘くなっていったのか、です。笑

 

 

 

 

私は毎月、先生のレッスンに通い始めました。

先生が教えてくれることは、楽しくて、興味が尽きませんでした!

 

 

仕事後、レッスン時間が半分以上終わっていても、必死で参加しましたし(笑)、

日程が合えば、有給を使ってでも行きました。

 

 

そして、

「この間のレッスンはこんなことやったんだよー!」

と、友人に喋っては遊んでいました。

 

 

前よりも、私の毎日が楽しくなっていきました♪

 

 

 

 

その年は、雪がよく降る寒い冬でした。

 

 

私の部屋は、会社まで自転車で10分程度だったので、寒い中も自転車で通っていました。

 

 

そんな私の手は、やっぱり、血まみれでした。(チーン)

(その3で書いたように、当時は、手が血まみれになる程、肌荒れしていました)

 

 

 

 

当時は、

厳しい環境に身を置くことで、

「自分に優しくする」ということができなくなっていました。

 

自転車のときも、なぜか手袋を買わず、つけていませんでした。w

 

 

「へっちゃらだぜ!」という、やんちゃな自分と、

「やっぱり手が切れて痛いー(泣)」という、

 

矛盾した自分を繰り返していました。w

 

 

 

この状態は、統合されていない、分離した自己ですね。

 

わかりやすく言えば、無意識に本質に気づかないようにしている状態です。

 

私は、頑張り続けることで、

 

「こんなんで負けてどうする!」

という、強がりな自分を創っていました

 

 

そんな中、先生に、手荒れのことを話したときがありました。

 

 

手を見せると、

 

「なんで、ここまで放っておいたの」と怪訝な顔をされ、

 

「こうやって大事にすること」と、優しく手を撫でてくれました。

 

 

自分では、そんな風に「自分に優しくする」考えはなかったので、

その優しさにびっくりし、感動しました。。

 

 

 

「手袋をつけて、石鹸は使わないで、もっと体を丁寧に扱いなさい」

と言われました。

 

 

そこまで言われて、私はやっと手袋を買いました。笑

 

 

 

人って、大人になって、「自分に優しくする意識」がないと、

いつのまにか、「自分に優しくすること」を忘れてしまう。

 

 

毎日仕事を頑張っていると、

「これくらいやるのが当たり前だ」、と思い始める。

 

 

そうすると、「もっとできる、まだできる」と、

頑張り続ける。

 

 

本当は、

 

自分のことを認めて、

自分に優しくする時間が必要なのに、

 

「もっと」と働き続ける。

 

 

ただただ、自分がやってきたこと、認めてあげたらいいんだよね。

 

よく頑張ったね、って。

 

 

そんなことを感じて、

 

「なんだか私、頑張りすぎてたな、」

と、気づいたのでした。

 

強がりが、ちょっと甘くなった瞬間でした。♡笑

 

 

 

 

 

当時、稽古(レッスン)でこんな言葉が胸に刺さりました。

 

 

「身体は、動きたくなって動くのが自然」

「身体を使わない」

 

 

自分の身体を見て、本当にその通りだな、と思いました。

 

 

当時の私は、呼吸や瞑想をして、意識が明瞭だったので、

職場では、まあまあ活躍できていました。

 

 

しかし、身体は固くなって荒れて、ボロボロでした。

 

やりたい!と思って、働いていたわけではなかったからです。

 

 

ずっと、「この先、どうしようか」という思いがありました。

それでも「まず身体の環境を整えよう」と思いました。

 

 

「今はそれが1番楽しいから!」と。

 

 

どんなときも、1番楽しいことを求めていました♪

 

 

 

続く!

 

 

肇里