肇里blog☆福寿草

1人1人が自分を楽しむ世界に向かって☆「本来の自然な状態」で、「じぶん感覚」を取り戻す☆Energie worker hatsuri

シンプルに知ることについてー知識と知

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知るということは大切なことです

 

ただ、なにを知るのか。ここが大事だと私は考えています。

 

多くを知っていれば、えらい。

 

小さいころは、そんな風に思っていました。

 

しかし、そうではないな、といつしか思うようになりました。

 

 

例えば、小学校のころ。クラスの中で1番、多くを知っている先生が、

 

自分のものさしで生徒に優劣をつけたり、差別したり、いじめを見てみぬふりをしたりするのを、私は見ていました。

 

そんな先生がえらく、大人になるとはそういうものだ、とは、思いませんでした。

 

私は知っていたからです。

私は、幼いころ、本を読むのが好きでした。

小学校2年生のころ、友人と、使えるようになったばかりの図書室で、すこし大人ぶって、『ヘレン・ケラー』をかりて読みました。

 

当時はまだ読むのが大変でしたが、

サリバン先生のやさしさや、ヘレンケラーの強さと賢さに、いたく、感動したのを今でも覚えています。

 

また、他のすばらしい本や、国語・道徳の授業を通じて、心を動かしていきました。

その中で、「先生は多くを知っているが、決して、えらくはないな」、と感じました。

 

 

大きくなるにつれて、たくさんの情報にまみれるようになりました。

 

新聞やニュース、テレビ番組・・・

 

例えば、ニュース番組に出ている評論家たち。とても難しいことを話しています。頭を必死に追いつかせて聞いていると、なんだか自分も分かったような気がします。

 

しかし観終わったあと、どうしようもない事柄への腰の重たさを感じ、経済や戦争、政治的な権力などの論にまみれ、心が寂しくなっていました。

 

なんで世の中は、息をまいて戦って、強がるんだろう。

譲ることをしないんだろう。

そんな風に、心の底でひそかに思いました。

 

私にとって、必要だろうか

 

そう思うと、いつしか観るのをやめていました。

情報を求めるというよりは、自然と感じたり触れたりしたときに、自分の心に入るものを吸収するようになりました。

 

そう、心に入るものなんです。

 

自分にとって、本当に必要なものは、自分の心に入るものなんです。

 

ちょうど、呼吸法を習い始めたときです。

私は、呼吸をいつも意識することで、心と身体の感覚を磨きました。

 

私は、とても自分がシンプルになっていきました。

 

必要なものだけでいい。

 

すべてできなくてもいい。すべて知らなくてもいい。

私の足りないところは、だれかが補ってくれる。

 

とても、ゆるやかになりました。

 

なにを知るか。

ぜひ、心をつかって、選択してみてください。

 

 

呼吸とアロタイインストラクター

はつり